ぽん豆の 母親の ぽんママです。

娘が 皆さんから コメント頂けたこと 喜んでいました。

それを見て 私も幸せな気持ちになれました。ありがとうございます。


今週から 通学路を歩く練習を 始めました。少しずつ距離を のばして

一年後に 往復3キロ 歩けるようになれば いいかなと思っています。

さっそく 転んで 帰ってきましたが。。。


さて、今日は 抗がん剤治療している子たちが

大嫌いな 痛い痛ぁぁぁぁ~い 皮下注射 『グラン』の話。

無菌室から早く出たい でも グランは 打ちたくない。 究極の選択。

少しでも 痛くない方法。

うちの子の場合は以下の方法で苦手じゃなくなった。

普通 インフルエンザ予防注射なんかは 腕の外側に打つんだけど。

外側じゃなくて 腕の 内側にグランを 打ってもらうの。

腕を だらんと 下に たらして 腕を曲げると できるシワより上の

腕の内側を 反対側の手の人差し指で ツンツン してみてください。

一番鈍感なところ 痛みを感じないところに 打ってもらうといいよっ。

腕の外側より お肉が ついている内側の方が 痛くな~い。

とにかく ぷよっとしてて 指で 押しても 痛くないところ、何も感じないところに 注射 !

試してみてね。 

これ 実は 「自分で研究してみて痛くない方法 みつけたよっ」と言った

小児外科の 素晴らしい看護師さんの発見。 表彰してあげたい!!!

みんなのために もっと早く ブログに書けばよかったかな。

ドクター&ナースには 注射が上手だと 言われている人から 

「コツ」 を 学んでおいてもらいたいです。

ぽん豆を 毎度泣かせた 注射を 痛くしか打てない 不思議な先生は

研修医でも 助手の先生でも ありませんでした。

だから 数こなしても うまくならないものみたいですよ~。

他の人だと なんでもない注射も 痛かったのは なんででしょう?

速度? 角度? 力加減? 

偶然痛かったわけではないと分かった入院後期には 

できるだけ他の方に打ってもらっていました。

その先生が 当直だと 看護師さんから情報をGETした日は

具合が悪くなって 培養検査(採血etc.) なんてことに絶対ならないよう

バコバコ気合を入れて一日過ごしてたんです。娘にとっては一大事でした。

長い入院生活だと 注射の数も その分多いですから、

闘病生活が 少しでも 苦痛のないものになるよう

注射の研究と練習 どうか よろしくお願い致します。m(_ _)m
母の ぽんママです。


ぽん豆に 付き添う 付き添わないで ドクターと 意見が食い違い 

悩んでいた時に

興味深い 調査書をみつけました。


「 付き添い入院の母親の養育態度と小児看護師から見た 母親の養育態度 」

で 検索すると 出てきます。 PDFファイルを 開いて みてください。


もしかしたら 私も 困った母親だったかも と 思ってしまいました。

看護師さんたち全員が 入院付き添い経験者だったら

もう少し 違った結果に なったのではないか と思いました。


大騒ぎする子や 走り回る子を 注意しない母親には 私も 困りました。

そういう子に あまり 看護師さんは 注意してくれないなあ

というのが 私の 印象です。

「ここは 重病人が来る 病院ではないからなのかもしれない。

 この子の 母親も がんで 眠れないほど苦しんでいる子が

 入院しているなんて 思いもよらないのかもしれない」

と よく思いました。


たまりかねて 何度が 子供に 穏やかに注意して 

それでも ダメな場合は 心理士さんに 話しました。

付き添い者用の 簡易ベッド 全国的に 同じようなもの

を使用していると思うんですが どうですか?

あれでは ぐっすり眠れなくはないですか?

母親も 昼間 横になっていても しかたないと思います。

食事も 私が困ったのは 夕食でした。 

周囲に お店がないので

同じ コンビニの お弁当を食べ続けるしかなくて 

何ヶ月も続くと さすがに まいりました。

薬を 看護師さんの 求める時間に きちんと

飲ませることも なかなか 難しかったです。

ぽん豆に 吐き気があったり、 

夜眠れずに やっと朝方 眠れた場合などは

遅れましたし、 一回分 パス してしまうことも

ありました。

長期入院予定患児の 付き添いママたちの

環境も 良くしたいですよね。

入院当初から できる限り 家族全員で 付き添って

病気と 闘いたいと 思ってきました。

チャイルドケモハウスのような 病院が

どこの 都道府県にも あるといいなと 心から思います。
母の ぽんママです。


今日は 長期入院する子たちが ぶつかるであろう

学業の問題に ついてです。


院内学級に通うためには 元いた学校から

転校して  院内学級に 籍を移さなければなりません。

しかし 一時退院中は

子供が希望しても 受け入れてもらえません。

うちの子の場合 六ヶ月をすぎて

精神的に まいって 精神安定剤を使用しても

涙がとまらない状態になり できるだけ

自宅療養を 選択中。

静かに熟睡できる 環境があるだけでも違います。

一時退院中も 三日に一度は 通院し、

体の状態を チェックします。

その時 授業に出て

勉強したいと 望んでも 退院している子は

来ちゃダメと 言われる。

どう思いますか?これ~。

「先生よりママの方が 勉強教えるの上手」

と ぽん豆に 言われたので いいけどね~。その分 給与が欲しいわ。

当然 元いた学校に 籍はないのと

多くの子供がいるので 感染症の心配もあり

危険で そちらにも 登校できません。


同じように 感じられた 小児がん患児の 先輩お母さんが

ネット学習の システムを 作られたようです。


《 学校へのスムーズな復学で小児がんの子どもたちに学力の保障を 》

と検索すると 記事がでてきます。

http://gansupport.jp/article/patient_and_organization/patient01/6069.html

NPO法人エスビューロー

の  ネットでeクラス


つい一昨日 自分で検索して みつけました。

こういう情報 全然 うちの子の病院からは 得られません。


復学をスムーズにするため 何に気をつけたらいいか

というDVDも出ているようなので 取り寄せてみたいと思っています。


ぽん豆(小6)の場合 化学療法が 来年3月まで あるので

復学するのは 今までいた 小学校ではなく

中学校です。

正直 不安です。

よく知らない場所、よその小学校から来た子供達もいて、

知らない先生たち。

一度 元の小学校の 教頭先生に 相談してみようと思っています。

元の学校の先生方は 転校してからも ぽん豆を 学校の一員として

心配してくださっていて

感謝しています。
ぽん豆の母、ぽんママです。

今日は

腹水がたまり、腹囲80cm の頃 一生懸命したことを

記録しておきます。

① お腹を ひたすら温め続けました

 看護師さんが 

 タオルを濡らしてビニール袋に入れたものをレンジでチンして

 布の袋に入れたものをくれたので  冷めたら
  
 チンしてもらって 温めて続けました。

 その頃 「ヒートショック プロテイン」や 「体を温めると必ず病気が治る」

 という本が出てることをと知ったので 体を温めてみようと考えてしたことです。

 
② 腹水にいいツボ をきき、  

  火を使わない 《 せんねん灸 太陽 》を

  足の三里と 陽陵泉に 貼り続けました。


③食べ物 飲み物に気をつけました。

  ↓腹水の原因は何か というサイトです。

  http://www.benpi-ok.com/k-kanzou-fukusui.html
 
  アルブミン不足はだめだということで

  タンパク質を食べるようにすることと

  利尿効果がある カリウムを含む 野菜を食べ、

  ムクミによくない 塩分を極力控えるように 気を配りました。


その頃 伯父が

KM-CARTという 最新の腹水治療法があるという記事をみつけ

教えてくれました。

開発者は東京・豊島区の

要町病院腹水治療センター長の松﨑圭祐先生 です。

治す方法があると知るだけで ずいぶん

気持ちが楽になりました。

どなたかの参考になればと思います。


結局  

化学療法を始めて

一か月半 ほどで 腹水が ひきました。

早く ひいたほうだと 思います。

お腹が大きい間は 何度も 子供に 「治るのか」と きかれ、

そのたびに 「大丈夫だよ 必ず良くなるから」 と

心の中は 不安で いっぱいでも

繰り返し答えました。

下半身も 見て すぐわかるぐらい

むくんでいました。

腫瘍の種類を見極める検査のための

手術後(4月) に

腹水が たまっていったので ヘソから みぞおち まで

切ったばかりで そこが 引っ張られる 痛みも ありました。

急激に 腹囲が 80cm にも なったら 痛くて当たり前です。

(入院時は  身長 150cm 体重 41kg)

モネヒネを点滴、幻覚を見て、とても怖がりました。

「イターイ イターイ」と 叫ぶ程の時は

幾度も 早送りしてもらいました。

こんなに モルヒネを使っていいのかと 不安でした。
 
「幻覚を見るが 大丈夫か」 という質問に

はっきり「大丈夫」と 答えてくれる人は いませんでした。

「そのうち 良くなる」と言ってくれる人もなく

本当に 辛い日々でした。 

今、こういう状態だったとしても よくなることがあるから

心配しないでね と 

もし 苦しんでいる親子が いたら 伝えたいです。

1時間が 1日に感じられる日々でした。



~今日の ぽん豆~


 おこりんぼ病 です。

ストレスが たまっているのか 何に対しても

怒りがおさまらない。 がんを患ってから

時々 あります。家族は かなり 大変です。

みんなが そっと そばを 離れると 

冷静になり  たいてい 落ちつきます。

「もう 生まれ変わりたくない」と

さっきは 怒っていましたが

今は パラパラ動画を 自分で 

作って遊んでいます。
ぽん豆の母、ぽんママです。


今日は 子供に がん告知した時のことを書いてなかったので。。。 


看護師より すぐに 告知しないのは

「親のエゴ」ではないかと キツイことも言われましたが

すぐには 告知しないように 病院側に 協力してもらいました。

「肝臓の 調子が 悪いから 治す」と 言っていました。


今 振り返ってみても 私も 子供も

時期を待ってよかったと 思っています。


なぜ すぐに 告知しなかったのかは 以下の 4点によります。

① がんのドラマ、 小児がんのドキュメンタリー 

  を 私が 録画してみせていたので (命を大切にする子になって欲しかった為)

  《 がん イコール 死 》 という印象を 本人が 少なからず 持っていたこと。


② 日頃から「もし がん だと わかったら知らせて欲しくない。」と言っていたこと。 

  入院してからも 「重い 病気なら 知りたくない」と 言っていたこと。 


③ 病状が 本人にも わかるほど 日々 悪化していたこと。
  
  (みるみる腹水がたまり 測るたびに 

   腹囲が大きくなって 80センチを超えていた

 痛みが強く モルヒネを点滴、幻覚も見て、 

   38度 発熱している状態が常だった)


④ 非常に恐がりな性格であること。

  どちらかというと悲観的に考えるタイプであること


抗がん剤治療を 始めてから 薄紙を剥ぐように 良くなり 

食事を食べる食べないで 私と 口喧嘩 できるほど 元気になった頃

自分から「何の病気か 知りたい。重い 病気でもいいから 知りたい」と言いました。

入院してから 45日後、抗がん剤治療開始から 一か月後でした。

話を先生から聞いても 全く 取り乱すことなく 受け入れました。 


がんの知識がない子の場合 告知されても 

「???大変な病気なのかな???」ぐらいで ショックを うけないようですが 

知識がある子の場合は 慎重にしたほうが

よけいな 辛い思いをさせないで 済む気がします。

うちの場合は 少しずつでも 病状が 良くなっていると 

本人が思える時期に 告知できてよかったと 思っています。


その頃 かなり悩んで

思春期がん の 告知についての 記事が どこかにないか 

色々 探しましたが みつかりませんでした。

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プロフィール

ぽん豆☆

Author:ぽん豆☆
小児がん(肝未分化肉腫)ステージ4と戦闘…そして
勝利(⌯¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́)و ̑̑ グッ !
小6女子!(現在高校1年生)

今は闘病後の経過など書いてます♪
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